大阪シニア自然カレッジ

石ころ部会

石ころ部会 4月活動報告

開催日2026(R8)年4月24日
場所石川 玉手橋下の河原(藤井寺市・柏原市)                        
参加人数  38人

 石ころ部会はこの4月で設立8年目を迎えるが、17期生の新たな加入により総勢57名となる。この日は部会員38名が道明寺駅前に集合し、玉手橋を渡った対岸の河原での石ころ観察である。先ずは、石ころの収集であるが、これまでの護岸工事のせいか、全ての石が小粒で、種類も量も減っているように思われる。石の分類表や鑑定の検索表に少し慣れたところで、石ころの名前当て(鑑定)クイズに挑戦する。出題された石ころは8種類あり、これらは事前に地質学の佐藤氏に選んでいただいた。迷いながらも回答票に8種類の名前を書き、最後の答え合わせに一喜一憂する。全問正解者はなし。石ころの名前は植物や昆虫、野鳥などと違い、図鑑と見比べただけでは分からない。奥が深いと言うべきか、焦っても仕方ない。最後にそれぞれの岩石の特徴を聞き、本日のまとめとして石川流域における岩石の分布状況を地質図で確認し、それらの石がどのように出来てどこから来たのか思いを巡らせて本日の観察は終了。その後は道明寺天満宮と道明寺を参拝して解散。

見たもの、学んだこと

  • 鑑定クイズに供された岩石8種(写真参照): ①泥岩、②砂岩、⓷礫岩、④花崗岩、⑤溶結凝灰岩、⑥チャート、⑦サヌカイト/サヌキトイド(安山岩の一種)、⑧流紋岩
  • 本日観察された岩石:上記以外には閃緑岩と片麻岩があり、上記と合わせて合計10種類であった。他に玄武岩らしきものもあったが、目視のみでは判定不能とされた。
  • 地質図からみた石川流域の岩石の分布状況(写真参照):石川の最上流部にあたる岩湧山周辺は和泉層群の砂岩、泥岩、礫岩や泉南流紋岩が分布する。二上山周辺は安山岩(サヌカイト、サヌキトイドを含む)や流紋岩が分布。(玉手橋近辺にある流紋岩や溶結性凝灰岩は二上山からのものではなく、泉南流紋岩類であるようだ。)金剛山や大和葛城山系一帯は領家帯の花崗岩、閃緑岩、片麻岩が分布ずる。今回観察した岩石はチャートを除き全てこの地質図にあるものばかりであった。
  • チャートはどこから来たのか:石川流域にチャートが分布する地質帯はないが、和泉層群が堆積した7000万年前には上流にチャートが分布していたようである。今回観察した礫岩の多くはチャートを含んでいる。和泉層群の礫岩が川の流れで浸食され、その中で一番硬度の高いチャートが単体として洗いだされたものと思われる。
石川の河原:石ころ採集と鑑定
石川流域の地質図
鑑定クイズに出題された石ころ

石ころ部会 3月活動追加報告

開催日2026(R8)年3月27日
場所光明池周辺(和泉市)                        
参加人数  29人

 追加報告

  • 前回3月の活動報告では光明池のアズキ火山灰層に含まれる火山ガラスのマクロ写真を示したが、今回、15期の石田氏より火山ガラスの顕微鏡写真提供がありました。前のマクロ写真より火山ガラスがより鮮明に映っておりますので、地質学の佐藤氏の説明書きを加えた上で追加報告をします。石田氏は3月27日に持ち帰った火山灰を水で洗浄し、粘土分を取り除いた後の砂粒を試料として自宅の顕微鏡で観察されたそうです。
  • 顕微鏡写真を提供して頂いた石田氏に感謝致します。 なお、その後の降雨により光明池の水位が上昇したため、アズキ火山灰層のある地点への到達は現時点では困難なようです。
アズキ火山灰の顕微鏡写真(石田氏提供)

石ころ部会 3月活動報告

開催日2026(R8)年3月27日
場所光明池周辺(和泉市)                        
参加人数  29人

 穏やかな春の陽気に誘われて、光明池傍の空き地(墓地横駐車場)に29人が集合。大阪層群のレキ層や粘土層、火山灰層の観察である。先ずは地質学の佐藤氏の案内で展望台下、次いで対岸の大阪層群の露頭を観察する。そこから体育館前の広場に上がって昼食をとった後、アズキ火山灰に含まれる火山ガラスの標本(事前に準備したもの)をルーペで観察する。その後、光明池大橋の下まで歩き、はしごを頼りに水辺まで降りて実際のアズキ火山灰層を確認する。最後は光明池緑地運動場横まで行き、崖下のピンク火山灰層の露頭の観察であるが、今日はよく歩き、大阪層群の多くの地層をみた。話は粘土地盤の軟弱性や富士山噴火の際の災害の規模などにも及び、多くを学び有意義な一日となった。池の水が減り水辺を歩くことが出来たのは雨の少ない異常気象のせいであろう。また連日、水位を確認し、脚立はしごの準備をしてくれた平谷さんのお陰でもある。有難い事である。

見たもの、学んだこと

  • 観察したもの: 地点①:大阪層群の砂れき層、地点③:大阪層群の粘土層、地点⑧:アズキ火山灰層、地点⑨:ピンク火山灰層。および、アズキ火山灰に含まれる火山ガラス標本(事前作成したものをルーペで観察)
  • 大阪層群とは: 約300万年前から数10万年前にかけて近畿地方の盆地に堆積した広大な地層群で、砂レキ層、海成粘土層、火山灰層などが繰り返し積み重なっている。(これらが堆積岩になるには1000万年以上の歳月が必要)
  • 海成粘土層とは: 間氷期の海が入り込んだ時期に内湾の静かな環境で堆積した粘土層である。光明池ではMa1、Ma2、Ma3、Ma4、Ma5、Ma6、Ma7、Ma8の8層が確認されている。(千里丘陵のMa8層からはマチカネワニの化石がでている)
  • アズキ火山灰層: 約90万年に九州の猪牟田カルデラから噴出した広域火山灰で、九州から近畿・関東まで1000㎞以上に拡がっている。淡いあずき色、厚さ30~50㎝で、大阪層群の第3海成粘土層(Ma3)に挟まれている。
  • ピンク火山灰層: 約105万年前に猪牟田カルデラ噴出したもので、白色・淡ピンク色、厚さ40~70㎝の層で、第1海成粘土層(Ma1)の上部にある。地殻変動により南から北に傾斜している。年代の古いピンク火山灰層が年代の新しいアズキ火山灰層よりも標高の高い場所にあるのはこの傾斜によるものである。
  • 前回3月の活動報告では光明池のアズキ火山灰層に含まれる火山ガラスのマクロ写真を示したが、今回、15期の石田氏より火山ガラスの顕微鏡写真提供がありました。前のマクロ写真より火山ガラスがより鮮明に映っておりますので、地質学の佐藤氏の説明書きを加えた上で追加報告をします。石田氏は3月27日に持ち帰った火山灰を水で洗浄し、粘土分を取り除いた後の砂粒を試料として自宅の顕微鏡で観察されたそうです。
  • 顕微鏡写真を提供して頂いた石田氏に感謝致します。 なお、その後の降雨により光明池の水位が上昇したため、アズキ火山灰層のある地点への到達は現時点では困難なようです。
光明池の地質観察
観察地点 ①、⓷、⑧、⑨
アズキ火山灰の火山ガラス

石ころ部会 2月活動報告

開催日2026(R8)年2月27日
場所ラブリーホール会議室(河内長野市)                        
参加人数  24人

活動内容:
先週までの寒波が嘘のようなポカポカ陽気。最近出版された「紀の国 石ころ散歩」改訂版(宇治書店)の著者のひとりである中屋志津男氏の講演会を目的に24人がラブリーホールに集合。中屋氏には今回、ボランティアベースでの講師をお引き受け頂いていた。講演は難解であったが、紀伊半島の成り立ちなど、我々には新鮮な内容が盛りだくさんで、地質学への関心を大いに刺激された。中屋氏には感謝の限りである。南紀熊野ジオパークにも行ってみたいものだ。

学んだこと

  • 紀伊半島の地形: 紀伊山地は南北に延びる山脈(大峰山脈など)と東西に延びる山稜(果無山脈など)からなる。前者は日本海溝への太平洋プレートの沈み込みによる西側への移動(年間8~10㎝)、後者は南海トラフへのフィリピン海プレートの沈み込みによる北側への移動(年間4㎝)に伴って隆起したものである。
  • 紀伊半島の地質: 和泉山脈の南側に中央構造線(東西約1000㎞に及ぶ巨大な横ずれ断層)がある。その南側はそれぞれ東西にのびる三波川帯(白亜紀に形成)、秩父帯(ジュラ紀)、四万十帯(白亜紀以降)の地質帯が順々に層をなしている。これらは全て付加体である。それぞれの地質帯は構造線(横ずれ断層)で区分されている。
  • 付加体とは: 海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際、海洋プレートの堆積物(チャート、石灰岩、緑色岩など)が陸側に剝ぎ取られ、陸側の砂岩や泥岩に混じり合って残ったもの。よって、付加体はより新しい時期のものが下に底付けされる。秩父帯の下位に四万十帯の新しい地層が順に分布する仕組みだ。ところが、この順が乱れることがある。三波川帯と秩父帯である。より新しい年代の三波川帯の地層は秩父帯の下に沈み込んだが、プレートの移動の圧力により“絞りだされ”、秩父帯の上位、北側に押し上げられたのである。また、これらの付加体の上にできた大陸棚や海溝に更に砂岩や泥岩が堆積して、田辺層群などができている。
  • 中期中新世(約1500万年前)の火成岩類: 紀伊半島の大半が陸地になった頃、地下深くからマグマが上昇し火山活動が起こった。半島南部ではその痕跡としての火成岩が多く見られる(那智の滝、古座川の一枚岩や橋杭岩など)。
  • 地下資源: 三波川帯では含銅硫化鉄鉱床や滑石の鉱床があり、秩父帯の石灰岩はセメント原料に供されている。四万十帯では熱水性の金属鉱床(銅、金、銀、亜鉛、鉛など)がある。弧状に拡がった岩脈の上では白浜温泉や川湯温泉など多くの高温泉が湧出している。
紀伊半島の地形:南北・東西にのびる山稜
紀伊半島の地質と半島沖のプレート収束帯
講演会(反省会)風景

石ころ部会 11月活動報告

開催日2025(R7)年11月28日
場所枚岡公園(東大阪市)
参加人数19名

活動内容:

恰好の紅葉狩り日和。近鉄奈良線額田駅裏の広場に部会員19名と地質学の佐藤氏が集合。生駒山を形づくる斑レイ岩(生駒石とも呼ばれる)の観察である。広場に置かれた4つの丸椅子は都合のよいことに斑レイ岩そのもの。先ずは、表面の斑晶の色や形を観察し、風化の進んだ側面を手で触り、この岩石の特徴を頭に刻む。準備体操の後、急坂を歩いて枚岡公園に入り、更に進んで額田山展望台(標高249m)に到着。途中2ヶ所で道路壁の土の表面に垣間見る斑レイ岩をしっかり観察。昼食後、眼下に拡がる大阪平野と淡路、六甲、北摂の山並みを見渡し、それぞれの地形の成り立ちに思いを巡らせる。帰路は枚岡神社まで別ルートで進む。途中、深紅の豊浦橋のたもとで立ち止まり、渓谷の佇まいと今が盛りの紅葉に息を飲む。若干疲れはしたが、枚岡神社で身も心も洗われ、心地よく生駒山を後にした。

見たもの、学んだこと

  • 斑レイ岩は花崗岩や閃緑岩と同様、マグマが地下でゆっくり固まった深成岩である。晶析した結晶はマグマ溜まりに積み重なるように沈殿し固まる。主に有色(黒っぽい)のかんらん石、輝石と角閃石、無色(白っぽい)の斜長石の4種類の鉱物からなる。
  • 生駒斑レイ岩は地下20㎞のマグマ溜まりの周囲の岩石を融かし込んでおり、斜長石は中央部に浮かび、角閃石や鉄鉱物などは下部に多く沈んで固結している。(今回の観察でも斜長石の多い白っぽい斑レイ岩と角閃石や輝石の多い黒っぽい斑レイ岩の2つのタイプを見分けることができた。)
  • 生駒斑レイ岩は生駒山頂を中心に直径4㎞の範囲に分布し、その周りの低いところに花崗岩が分布している。
  • 形成された年代は花崗岩が形成された白亜紀(1億~7000年前)より古いジュラ紀とされている。北摂の山々(丹波帯)もジュラ紀に形成されている。
  • 約6000年前には河内平野に海が侵入し生駒山の麓まで海水で満たされ河内湾が作られた。当時は上町台地のみが南からの半島のような形で顔を出していた。
  • 大阪平野の基盤(花崗岩)は地下2000mにあるが、現在の生駒山地の標高や今日までの山の浸食や平野部の堆積などを考えれば、この周辺は3000m級の山々が連なっていたと想像される。
  • 約100万年前、六甲変動と呼ばれる地盤の激しい隆起運動が起こり、このため六甲や生駒・金剛、和泉の地域は断層を伴って上昇し、現在の山地となっている。生駒断層は活断層であり、直下型の地震が懸念される。
生駒山登山 額田山展望台を目指して
額田山展望台より大阪平野を望む (枚岡神社の紅葉)
斑レイ岩:主に角閃石、輝石、斜長石からなる

石ころ部会 10月活動報告

開催日2025年10月24日(金)
場所紀の川の河原(橋本市・橋本橋近傍)
参加人数21名

 爽やかな秋晴れの下、南海高野線橋本駅に地質学の佐藤氏と部会員21名が集合。紀の川の河原の石ころ観察である。駅前の古い街並みを通り抜け、川沿いに約20分、橋本橋西詰の少し先まで歩く。河原への下り口は3年前と同様、背丈ほどの草むらになっていたが、先遣隊の草刈りにより無事、目的の河原に到着。北は和泉山脈、南は紀伊山地の山々、滔々と流れる紀の川の佇まいに心を和ませ、活動開始。先ずは佐藤氏による当地の石ころに関わる地質学的特徴のガイダンスの後、石ころの採取と分類となる。次いで、初めての試みとして、石ころの名前当てゲームに挑戦。各人が出題された河原の石ころ8個の鑑定結果を回答票に記入する。昼食の後、佐藤氏による鑑定の答え合わせと解説が行われ、成績の上位4名には記念の景品が贈られた。秋の陽ざしを存分に浴び、満ち足りた気分で河原を後にした。

見たもの、学んだこと

  • 当地の地質学的特徴: 紀の川の源流は大台ケ原にある。当地は南側を紀伊山地、北側を和泉山脈の山々に挟まれている。このことから紀の川の南側や大峰山・大台ケ原方面からは四万十帯・秩父帯由来の砂岩、泥岩、チャートや結晶片岩、およびこれらよりずっと新しい時期の流紋岩などが当地に流れ着く。また、北側からは和泉層群由来の砂岩、泥岩、礫岩などが集まる。金剛山地の花こう岩類などは奈良県側に流れる川で運ばれてくる。
  • 鑑定クイズの結果: 問題①から⑧の石ころ鑑定の正解は以下の通り
  • 礫岩: 和泉層群の礫岩と推定される。礫岩の礫として砂岩やチャートが入っている.和泉層群が堆積していた当時(7,000万年まえ),これらの礫は丹波層群を起源とすると思われる(当時の日本はアジア大陸の縁にあり,現在の丹波山地などの地形はなかった)
  • 結晶片岩: 色あいから緑色片岩ともいう。キラキラ光っているが、変成作用が少ないことから緑色岩、海底火山由来の玄武岩でもよい。
  • 花崗岩: 石英、長石、黒雲母、角閃石などの斑晶が見られる。黒色の有色鉱物が多いから花崗閃緑岩と言うべきか。
  • 泥岩: 正しくは赤色泥岩。赤色チャートもよしとする。(赤色の成分は酸化鉄)
  • 砂岩: 典型的な砂岩。
  • 流紋岩: 花崗岩のようにも見えるが、先の尖った対称性の高温型石英が見られることから流紋岩とみるべきだろう。成分的には両者同じであるが、冷却過程が違う。(写真参照:⑥の岩石にペンで〇をつけた)
  • 泥岩: 黒色片岩もよし。泥岩が変成作用受けると黒色片岩になる。その過程かも。
  • チャート: 典型的なチャート。大台ケ原由来のものであろう。
  • 他に見られた石ころ: 上記の他に閃緑岩、斑レイ岩があった。
紀の川河原にて 石ころ鑑定風景
鑑定クイズ①~④
鑑定クイズ⑤~⑧

石ころ部会 9月活動報告

開催日2025年9月22日
場所和歌山市加太(城ヶ崎海岸の地質と岩石の観察)
参加人数18名

昨日迄のうだるような暑さが嘘のような、涼しくさわやかな秋空の下、部会員18人と地質学の佐藤氏が南海加太駅前に集合。城ヶ崎海岸(瀬戸内海国立公園)の地質観察である。駅前より歩くこと30分で目的地に到着。青く広がる空と海、緑なす山々と島々、絶景である。誰もいない公園の眼下には波に洗われた岩場(波食台)が拡がっている。ここで当地の地質学的なポイントについて佐藤氏のガイダンスを受ける。そして、階段を下りて波食台に向かう。足元が不安定な岩場を恐る恐る歩き、観察のポイントを見つめ、手で触り、思案し、時を忘れる。好天に恵まれ、多くを見て、学び、気持ちのよい一日であった。(今回は波食台の観察の為、日程を通常の第4金曜日から潮位の低い第4月曜日の9月22日に変更した)

見たもの、学んだこと

当地の地形

当地は中央構造線の北側にあり、和泉山脈の西端をなす。地層はこれまでに行った犬鳴山や滝畑と同じ和泉層群のものであるが、断崖や斜面ではなく波食台(海岸での波の浸食により出来た平坦な岩盤状の地形)があるため観察が容易である。

中央構造線

日本がアジア大陸の一部であった頃にできた横ずれ断層である。九州東部から四国、紀伊半島を経て、遠くは関東まで横断する世界第一級の断層である。地震の発生源となる活断層としての側面もある。

和泉層群

約7000万年前、中央構造線の北側が陥没することにより細長い海(海盆)が出来た。この海盆に土砂が砂と泥の層をなして堆積したのが和泉層群である。四国西部から紀伊半島にかけて中央構造線の北側に沿って最大幅15㎞、東西300㎞にわたって分布している。層の厚さは最大7000m。現在の和泉山脈はその後の地殻変動により隆起したものである。

砂岩・泥岩の互層の意味するもの

巨大地震により陸からの混濁流が海底に流れ込むと砂岩と泥岩の互層ができる。(100年から1000年に1回、巨大地震が起こるとすれば、7000mもの厚さに堆積するには何回の大地震があったのか)

波蝕台で観察したもの
  1. 地層の傾き
    垂直とまではいかないが、45度以上のかなりの高角度である。
  2. ソールマーク
    砂岩層の底にみられる模様。水流が泥の層を削る時に出来るスプーン状のフルートマークや、水流により小石などが海底を削った半円柱状(凸型)のグルーブマークなどがソールマークの一例である。
  3. 横ずれ断層
    左横ずれ断層を確認。ずれ幅は2m程度か。これは中央構造線の派生断層であり、城ケ崎断層と命名されている。形成年代は不明。

石ころ部会 6月活動報告

開催日2025年6月27日
場所大阪市天王寺区(上町台地の地形観察)
参加人数22名

梅雨の晴れ間か、久々の青空の下、部会員22人と地質学の佐藤氏が地下鉄谷町九丁目駅に集合。上町台地の地形観察と天王寺七坂巡りである。

先ずは駅の北側にある高津宮を参詣した後、南に向きを変え、松屋町筋沿いに上町台地の西側斜面を歩く。最初の坂、(1)真言坂を確認してから生國魂神社を参詣する。生玉公園で佐藤氏による上町台地の成り立ちについての勉強会があり、昼食の後、(2)源聖寺坂を下り、(3)口縄坂を上がって大江神社に。そして(4)愛染坂を下りて、(5)清水坂を上がり清水寺へ。清水の舞台より市街を見下ろし、今ではビル群で埋め尽くされて見えないが、大阪湾に沈む夕日を思い浮かべる。その後、京都の音羽の滝ならぬ玉手の滝の前で暫し涼をとり、松屋町筋に下りる。(6)天神坂の上り口に安居神社(真田幸村戦死の碑)の階段があり、二手に別れる。その後、(7)逢坂を上がり一心寺で合流し、境内を通って市立美術館前の大階段前に集合。

眼下に拡がる大阪の市街地はかつて一面の海であったことに再度、想いを馳せ上町台地の変遷の総まとめをして解散。一部は茶臼山にも足を延ばす。上がったり下ったりの連続で大いに消耗したが、充実した一日となった。当日は大阪気象台の梅雨明け宣言もあり、いよいよ夏本番である。

見たもの、学んだこと

  • 上町台地は約100万年前からのプレートの移動に伴う地殻変動により隆起し、その後の河川による土砂の堆積や海水の浸食などを経て今日に至っている。
  • 上町台地は縄文の昔(6000万年前)、東に河内湾、西に大阪湾(瀬戸内海)が拡がる半島(海成段丘)を形成していた。周辺の地層からは様々な種類のクジラの化石が見つかっている。
  • 上町台地の西斜面は縄文時代の海蝕により500-600m東に後退し現在に至っている。即ち、上町断層は現在の西側斜面より500-600m西に存在する。
  • 上町断層は大阪平野を南北に縦断する活断層帯であるが、市内のボーリング調査による地質断面図(柱状図)をみると断層帯近くで地層が大きく褶曲しているのがわかる。
  • 天王寺七坂の殆どは現在、花崗岩の敷石で舗装整備されているが、源聖寺坂や口縄坂では要所要所で部分的に溶結性凝灰岩も使われている。
さざれ石について

高津宮には古今和歌集で謳われたとされる「さざれ石」(石灰岩の角礫が固結した伊吹山産出の礫岩)が奉納されているが、真偽の程は不明である。本来、さざれ石とは小さな石のことである。「さざれ石の巌(いわお)となりて苔のむすまで」とは長い年月をかけて小さな石がひとつの大きな石になるように成長、即ち団結と繁栄を願って謳われたようである。岩石の名称としてさざれ石がある訳ではない。

石ころ部会 5月活動報告

開催日2025年5月23日
場所猪名川の川原(伊丹市 軍行橋東詰)
参加人数25名

心配された雨もなく、まずまずの天気。会員25名と地質学の佐藤氏がJR福知山線北伊丹駅前に集合。歩くこと20分で軍行橋東詰めの猪名川と箕面川の合流地点に到着。

六甲や北摂の山々に囲まれた広大な川原は大小様々な石で埋め尽くされている(10㎝大が多い)。それらの石をおぼつかない足取りで踏み分け、踏み分け、岸辺に辿り着いて活動開始。先ずは当地の地質学的な特徴についての佐藤氏のガイダンスの後、石ころの採集、観察、分類が始まる。これまで石川や、大和川、紀の川などの川原の石ころを何度も見てきたが、猪名川の石ころは見た感じが大分違うことから、我々の分類もいささか心もとない。

畢竟、佐藤氏の最終鑑定では大幅な手直しとなり、鑑定の難しさを思い知る。照り返しのせいか、それとも石に当たったのか、少々ばて気味で、早々に本日の活動は終了。伊丹空港から飛行機が轟音とともに急角度で飛び立ち、空に消えていくのを何度も見る。若かったあの頃の空の旅に思いを馳せ、帰路に就いた。

見たもの、学んだこと

約1億年前(白亜紀中期)

当地周辺は海洋プレートの沈み込みに伴う火成活動が活発であった(西南日本内帯火成作用)。この結果として地殻の大部分は領家帯花崗岩や有馬層群の溶結凝灰岩で覆われている。北側(北摂山地)は年代的に更に古い丹波帯のジュラ紀付加体(砂岩、泥岩、チャート、石灰岩、緑色岩など)で覆われている。猪名川の石ころはこれらの地質を反映したものである。また、有馬高槻断層帯を筆頭に多くの断層がある。

石ころ鑑定の結果

佐藤氏により最終的に花崗岩、閃緑岩、流紋岩、緑色岩、泥岩、砂岩、泥岩砂岩のメランジェ、チャートの9種類に分類された。

量的には泥岩と砂岩が圧倒的に多く、泥岩・砂岩互層のものも多く見られた。一部は泥岩と砂岩のメランジェと判定された。メランジェ(メランジ、メランジュ)とは整然と堆積した地層が変形により混沌とした状態になったもので、プレートの沈み込みの際にできる付加体に多く見られる。

我々の分類で花崗岩としたものも多かったが、花崗岩に通常みられる明瞭な結晶が殆どないことから、佐藤氏は完晶質のものを細粒花崗岩とした以外は全て溶結凝灰岩と鑑定した。また、花崗岩らしいものでも石英を含まないものは閃緑岩とした。

石ころ部会 4月活動報告

開催日2025年4月25日
場所嶽山(富田林)、汐ノ宮(河内長野)
参加人数22名

今年度の石ころ部会の入会者は47人。うち、22人のメンバーが、薄曇りの空の下、地質学の佐藤さんと近鉄汐ノ宮駅前に集合。先ずは嶽山に向かって出発。道沿いの山藤が美しい。喘ぎ喘ぎ歩くこと30分で何とか中腹の願昭寺に到着。境内から羽曳野丘陵のパノラマを展望し、佐藤さんの説明を聞く。細長い台地が南北の方向に幾重も延びているのがよく分かる。眼下の高等学校辺りを山裾に嶽山は東側にそびえ立っているが、その地層は礫岩であるようだ。願昭寺の傍の登山口から山道を少し上ると、確かに30㎝から1m大の礫岩(花崗岩)が道を埋めているのが分かる。更に山道を登れば嶽山火山岩の露頭があるのだが、悲しいかな、老齢の身にこれ以上の山登りは荷が重く、観察を断念し、願昭寺に引き返す。

昼食後は石川に戻り、河原の石ころや汐ノ宮火山岩の露頭の観察を行う。露頭周辺の川底からはブクブクと泡(炭酸ガス)が出ている。佐藤さんは川底にペットボトルを逆さまに立ててガスを採取。着火した線香をペットボトルに差し込むと線香の火は消えた。湧水から放出された炭酸ガスのせいであろう。そして火山岩の観察であるが、柱状節理の見られる火山岩は大阪府下では当地のみ、河内長野の自然遺産候補でもあることから、ハンマーで叩くのは控え、周辺に落ちている岩片を拾っての観察である。見るもの、為すこと、盛沢山、有意義な一日であった。

見たもの、学んだこと

羽曳野丘陵

石川と東除川の間に挟まれ、藤井寺、羽曳野、富田林、河内長野を跨ぐ南北に長い丘陵(台地)である。海底に堆積した大阪層群の地層であるが、大凡100万年前に隆起したもの(上町台地や千里丘陵、枚方丘陵、泉北丘陵なども同様)。生駒・金剛山地なども同様にプレートの動きにより基盤(花崗岩)が南北長く隆起したもの。

河原の石ころ

佐藤さんの鑑定で最終的に11種類の岩石に分類された。 多かったのは花崗岩、砂岩、礫岩、チャート。他は閃緑岩、泥岩、安山岩、サヌキトイド、石英、片麻岩、凝灰岩。

汐ノ宮火山岩

二上山や嶽山と同時期(1500万年前)に活動した瀬戸内火山帯の溶岩が噴出した火山岩である。以前は玄武岩とされていたが、シリカ成分(SiO2)の分析から現在は安山岩に分類されている。この安山岩は長石の斑晶がなく、讃岐周辺のサヌカイトと似ていることからサヌキトイドとも称される。かんらん石や輝石の斑晶があることや、成分的にマグネシウムの多いのも特徴である(嶽山火山岩も同時期に噴出した安山岩質溶岩であるが、組成は微妙に異なる)。火山岩の下には花崗岩や安山岩の礫岩である。川底の火山岩の割れ目から炭酸ガスが湧出しているが、有馬温泉と同じくフィリピンプレート由来の深部流体であるようだ。